こんにちは、高配当株投資家のタグ(@kabu.tagu-blog)です。
今回は、化学メーカーのクレハ(4023)を、1本の記事でじっくり深掘りしてみます。先日、私はスクリーニング(条件で銘柄をふるい分ける作業)で残った高利回り3銘柄を横断で整理した記事を書きました。クレハはそのうちの1社だったのですが、横並びの比較だけでは語りきれない、おもしろくて少しややこしい会社だな、と感じたのです。
何がややこしいのか。クレハの2026年3月期(2025年4月〜2026年3月)は、最終損益が△106億円の赤字でした。ところが同じ年に、配当は86.70円から214.00円へと大幅に増やしている。さらに来期は216.00円を予定していて、来期予想の利益で計算すると配当性向は110.1%――つまり「稼ぐ予定の利益より多く配る計画」になっています。普通に見れば「赤字なのに増配?無理して配ってない?」と心配になる数字です。
でも、中身をていねいに見ていくと、印象がガラリと変わります。赤字の正体は減損損失365億円という一時的な会計処理で、実際に現金が出ていったわけではありません。本業の実力をあらわす「コア営業利益」は、むしろ100億円→145億円へ増益。営業キャッシュフローも+280億円を確保しています。そして配当は、利益ではなく資本を基準にする「DOE5%目安」という方針で支えられている――。
この記事では、(1)クレハがそもそも何で稼ぐ会社なのか(NEWクレラップのような日用品と、電池材料のような先端素材の二面性)、(2)赤字の正体である減損365億円の中身、(3)赤字でも配当を維持できるDOE5%という仕組み、(4)新しい中期経営計画「Technology to Value 2028」、(5)PBR0.87倍・PER19.2倍という株価の読み方――を、ひとつずつ、できるだけやさしい言葉で解いていきます。専門用語にはそのつど短い解説をはさみますので、化学にも会計にもくわしくない方も、肩の力を抜いて読んでみてください。
※本記事は特定銘柄の売買を推奨するものではありません。株価・PER・PBR・利回り・時価総額は2026年6月12日終値時点、業績・配当方針・中期経営計画はクレハの公式IR資料(2026年5月12日公表の決算短信・決算説明会資料・中期経営計画)に基づきます。読み方や整理は私(タグ)個人の見方です。
▼関連記事:スクリーニングで残った高利回り3銘柄の比較はこちら(まとめ記事)
https://kabu.tagu-blog.com/screening-high-yield-3stocks-sonyfg-ube-kureha-2026-06/
クレハ(4023)はどんな会社か|日用品と先端素材の「二面性」
まずは、クレハがどんな会社なのかを押さえましょう。
株式会社クレハは、福島県いわき市に大きな生産拠点を持つ化学メーカーです。東京証券取引所(プライム市場)に上場し、業種は「化学」。会計基準はIFRS(国際会計基準)で、2017年3月期から任意適用しています。決算期は3月で、企業集団はクレハと子会社29社(うち連結子会社26社)などで構成されています。代表者は代表取締役社長兼CEOの名武克泰氏です。
クレハという社名にピンとこない方でも、その製品は意外と身近にあります。家庭用ラップ「NEWクレラップ」――あの、刃がギザギザで切りやすいラップです。あるいは釣りをする方なら、釣糸の「シーガー」ブランドをご存じかもしれません。これらは、クレハの「樹脂製品事業」というセグメントの、コンシューマー・グッズ(消費者向け商品)分野にあたります。
一方で、クレハはまったく毛色の違う「先端素材」も手がけています。代表がPVDF(フッ化ビニリデン樹脂)。これは、主に車載用リチウムイオン二次電池のバインダー(電池の材料同士をつなぎ留める接着剤のような素材)として使われます。電気自動車(EV)の電池に欠かせない材料です。ほかにも、シェールオイル・ガスの掘削に使うPGA(ポリグリコール酸)樹脂や、慢性腎不全の患者さんが飲む薬「クレメジン」など、専門性の高い製品を多数持っています。
つまりクレハは、「スーパーで買えるラップ」と「EV電池の材料」を同じ会社が作っている――身近な日用品と先端素材の二面性を持つ会社なのです。この二面性は、業績の「安定する部分」と「大きく振れる部分」を生み出し、後で見る減損や配当の話にも深く関わってきます。
5つの事業セグメント
クレハの事業は、報告セグメント(決算で区分して開示する事業のまとまり)として5つに分かれています。それぞれの主要製品と、2026年3月期の外部顧客向け売上収益(事実シートより)を整理すると、次のようになります。
| セグメント | 主な製品 | 2026年3月期 売上収益 |
|---|---|---|
| 機能製品事業 | PPS樹脂、PVDF(電池バインダー)、PGA樹脂、炭素繊維、球状活性炭 | 613億円(前期比+6.8%) |
| 化学製品事業 | 農薬、慢性腎不全用剤「クレメジン」、か性ソーダ、塩酸など | 295億円(同△3.9%) |
| 樹脂製品事業 | 家庭用ラップ「NEWクレラップ」、釣糸「シーガー」、食品保存容器など | 367億円(同△9.4%) |
| 建設関連事業 | 土木・建築工事の施工請負、工事監理 | 160億円(同+7.9%) |
| その他関連事業 | 産業廃棄物処理・環境関連、分析・検査、運送・倉庫、医療サービス | 182億円(同△2.2%) |
ざっくりとした性格を補足すると、機能製品事業はPVDFやPGAなど、市況や特定市場(EVなど)の動向に業績が左右されやすい「先端素材」の固まりです。一方の樹脂製品事業は、NEWクレラップのような生活必需品が中心で、景気に大きく左右されにくい、比較的安定した稼ぎ頭です。実際、この樹脂製品事業は2026年3月期も営業損益69億円を稼ぎ、5セグメントのなかで最も大きい利益を上げています(事実シート)。化学製品事業には農薬やクレメジンといった「ライフサイエンス(生命科学)」領域が含まれ、クレハが将来育てたいと考えている分野です。
このあと見ていく「赤字」は、主にこの機能製品事業の先端素材(PVDF)で起きた問題であり、配当を支える地力は、樹脂製品事業のような安定事業が支えている――という構図を、頭の片隅に置いておいてください。
株価とバリュエーション(2026年6月12日終値)
次に、株価まわりの数字を確認します。以下はすべて2026年6月12日の終値時点の数値です。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 株価 | 3,765円(前日比 +115円/+3.15%) |
| PER(予想) | 19.2倍 |
| PBR | 0.87倍 |
| 予想配当利回り | 5.74% |
| 時価総額 | 1,880億円 |
| 市場・業種 | 東証プライム・化学 |
PER(株価収益率)は「株価 ÷ 1株あたり利益」で、株価が利益の何倍まで買われているかを示します。クレハのPER19.2倍は、来期(2027年3月期)の予想利益(後述のとおり黒字転換見込み)をもとにした数字です。今期(2026年3月期)は最終赤字だったので、今期実績ではPERは計算できません。あくまで「来期の黒字を見越したPER」である点に注意してください。
PBR(株価純資産倍率)は「株価 ÷ 1株あたり純資産」で、株価が会社の純資産(解散したら株主に残る理論上の価値)の何倍かを示します。クレハは0.87倍と、1倍を割っています。これは「株価が会社の純資産より低く評価されている」状態です。ただし、PBRが1倍割れ=即お買い得とは限りません。市場がその会社の将来の稼ぐ力にまだ慎重だ、というサインでもあるからです。会社自身も、PBRは2025年度の途中で一時1倍を超えたものの、2025年度末時点では1倍割れだったと説明しています(事実シート)。
予想配当利回りは5.74%。日本株の平均が2%台といわれるなかで、かなり高い水準です。この高い利回りをどう支えているのかが、この記事の中心テーマになります。
そして時価総額1,880億円について、ひとつ大事な注記があります。この1,880億円は、2026年6月12日終値時点の株数(自己株式を含む発行済株式数)をもとにした数字です。クレハは後述のとおり、2026年6月30日に自己株式9,700,000株を消却する予定としています。株式を消却すると発行済株式数が減るため、消却後は時価総額が約1,515億円相当に下がる計算になります。本記事では6月12日終値時点の正本値として1,880億円を採用しますが、「近々、株数が減る予定がある」ことは覚えておくとよいでしょう。
業績の深掘り|「赤字の正体」を腰を据えて読む
ここからが、この記事のいちばんの山場です。クレハの2026年3月期決算を、表面の数字だけでなく「中身」まで分解して読んでいきます。
まず損益の全体像
2026年3月期(IFRS・連結)の主な数字は、次のとおりです。
| 2026年3月期(IFRS・連結) | 当期 | 前期 |
|---|---|---|
| 売上収益 | 1,616億円(前期比△0.2%) | 1,620億円 |
| 営業利益 | △186億円(営業損失) | 94億円(利益) |
| 税引前利益 | △183億円(損失) | 102億円 |
| 親会社の所有者に帰属する当期利益 | △106億円(損失) | 78億円 |
| 基本的1株当たり当期利益(EPS) | △267.14円 | 149.67円 |
| (参考)コア営業利益 | 145億円(増益) | 100億円 |
売上収益は1,616億円で、前期からほぼ横ばい(△0.2%)。それなのに、営業利益は前期の94億円の黒字から、当期は△186億円の赤字へと、大きく沈んでいます。最終損益(親会社の所有者に帰属する当期利益)も△106億円の赤字です。
ところが、表のいちばん下を見てください。会社が独自に算出している「コア営業利益」は、前期の100億円から当期は145億円へと増益しているのです。営業利益は赤字なのに、コア営業利益は増益――この食い違いこそが、クレハの決算を読み解く鍵になります。
「コア営業利益」とは何か
コア営業利益とは、クレハが「本業の実力」を測るために独自に使っている指標で、営業利益から一時的・非経常的な項目(後述の減損など)を除いて算出したものです。会計のルールで決まった正式な利益(営業利益・当期利益)とは別に、会社が「うちの地力はこれくらいです」と示すための物差し、とイメージしてください。
このコア営業利益が、前期100億円→当期145億円へと45億円増えています。会社の説明によれば、増益の主な理由は、PPS樹脂の損益が改善したことや、前期にあったPVDFの在庫評価損(在庫の価値が下がったことによる損失)がなくなったことなどです。
要するに、本業そのものはむしろ良くなっていた。それなのに会計上の営業利益が△186億円の大赤字になったのは、コア営業利益から除かれた「一時的な項目」――つまり減損が、それだけ巨額だったからです。
赤字の正体=減損損失365億円
では、その減損とは何でしょうか。
減損(減損損失)とは、会社が持っている設備や工場などの資産について、「将来これだけの利益を生むと見込んでいたのに、その見込みが立たなくなった」というときに、その価値の目減りを一気に費用として計上する会計処理です。ここで非常に重要なのは、減損はあくまで会計上の費用であって、その年に実際に現金が出ていくわけではないということ。過去に投資したお金の「評価」を見直す処理であって、新たに財布からお金が出ていく支出ではないのです。
クレハが2026年3月期に計上した減損損失は、合計365億円。その内訳は、会社の説明資料の表記で次の2つです。
- PVDF製造設備の減損:340億円 … EV(電気自動車)市場の停滞が続き、車載用リチウムイオン電池向けのPVDF需要の回復に、想定以上の時間がかかると判断されたため。米国では2025年9月にEV購入補助金が廃止され、市場の停滞がより顕著になったと説明されています。
- 慢性腎不全用剤(クレメジン)製造設備の減損:25億円 … 新しい治療薬の登場や、毎年の薬価引き下げを背景に、球形吸着炭(クレメジンの素材)の市場が縮小すると見込まれたため。
なお、決算短信ベースの厳密な内訳では、減損損失合計365億円(36,500百万円)のうちPVDF関連が約340億円(いわき31,272百万円+中国・常熟2,724百万円)、慢性腎不全用剤製造設備が約25億円(2,504百万円)とされています(事実シート)。
つまり、クレハの赤字の正体は、「EV市場の停滞でPVDF設備の見込みが立たなくなり、その設備価値を一気に費用計上した(=減損した)こと」が最大の要因なのです。これは過去の投資の評価を見直した結果であって、本業が崩れたわけでも、現金が大量に流出したわけでもありません。
「赤字の中身」をどう受け止めるか
ここまでを整理すると、クレハの2026年3月期は次のように読めます。
- 会計上の営業利益・最終損益は赤字(△186億円/△106億円)。
- しかしその主因は非現金の減損365億円であり、現金が出ていったわけではない。
- 本業の実力(コア営業利益)はむしろ増益(100→145億円)。
- 実際、営業キャッシュフロー(本業で稼いだ現金)は+280億円を確保している。
「営業キャッシュフロー」とは、本業の活動でその年に実際に手元に入ってきた現金の流れのことです。会計上の利益が赤字でも、営業キャッシュフローが+280億円のプラスということは、本業からはきちんと現金が入ってきていることを意味します。これが、後で見る「赤字でも配当を払える」現実的な裏づけになります。
会社自身も、この減損について前向きな説明をしています。減損によって設備の帳簿価値が下がると、その分、将来の減価償却費(設備の価値を年々費用として配分する処理)の負担が軽くなります。会社は「減損損失による固定費削減効果により、継続的な損失を断ち切り、早期の収益健全化を目指す」と説明しています(事実シート)。つまり、「痛みを一度に出しきって、次の年度から身軽になる」という側面もあるわけです。
ただし、これは「減損だから問題ない」という単純な話ではありません。減損が起きた背景には、EV市場が想定どおりに伸びなかったという、事業計画の見込み違いがあります。会社自身も中期経営計画のなかで、前の計画が未達に終わった内的要因として「特定の技術・用途・国に過度に依存した事業計画(PVDFの事業利益に過度に依存)」「市場変化の見誤り」を挙げています(事実シート)。減損は非現金の一時要因ではあるけれど、その奥には「成長の柱と見込んだ事業が想定どおりに育たなかった」という、もっと根の深いテーマがある――そこまで含めて受け止めるのが公平だと、私は考えています。
来期(2027年3月期)の会社予想
来期の会社予想は、次のとおりです。
| 2027年3月期(会社予想・IFRS連結) | 金額 | 前期比 |
|---|---|---|
| 売上収益 | 1,720億円 | +6.4% |
| 営業利益 | 110億円 | 黒字転換 |
| 親会社の所有者に帰属する当期利益 | 75億円 | 黒字転換 |
| 予想EPS | 196.24円 | - |
最終損益は75億円の黒字へ転換する見込みです。ただし、営業利益が黒字に戻る大きな理由は「前期の減損が剥落する(=今期はもう計上されない)」ことである点に注意が必要です。本業の実力をあらわすコア営業利益でみると、来期は145億円→100億円へ減益の予想です。これは、中東情勢によるコスト増や、PVDF設備の減価償却の開始などが要因とされています。
つまり来期は、「会計上は黒字に戻るが、本業の地力(コア営業利益)はむしろ一段下がる」という見通しです。減損が一巡して数字の見た目はよくなる一方で、本業の回復はこれから――というのが、来期予想の正直な読み方です。
配当の深掘り|赤字でも214→216円を維持できる理由(DOE5%)
ここからは、この記事のもうひとつの主役、配当の話です。
まず配当の推移を見る
クレハの配当の動きを、事実シートから整理します。
| 期 | 年間配当 | 配当性向(連結) |
|---|---|---|
| 2025年3月期(実績) | 86.70円 | 57.9% |
| 2026年3月期(実績) | 214.00円 | -(当期は最終赤字のため記載なし) |
| 2027年3月期(予想) | 216.00円 | 110.1% |
2025年3月期(2024年度)まで86.70円だった配当が、2026年3月期(2025年度)に214.00円へと、2倍以上に増えています。そして、その2026年3月期は最終赤字だったため、配当性向は計算できず「記載なし」。さらに来期予想は216.00円で、来期予想EPS196.24円で計算すると予想配当性向は110.1%――「来期に稼ぐ予定の利益を超える配当を計画している」ことになります。
数字だけ見れば、「赤字の年に倍増配し、来期は利益超えの配当を予定する」というのは、かなり大胆に映ります。利益以上の配当を無理に続ける状態を、昔から「タコ配(自分の足を食べるタコにたとえた言葉)」と呼びますが、表面の数字だけ見ればその懸念がよぎる動きです。けれども、ここには明確な方針の裏づけがあります。
カギは「DOE5%目安」という資本基準の配当方針
クレハは、2025年度から「DOE(株主資本配当率)5%を目安」とする配当方針を導入しました。これがすべての出発点です。
DOE(ディー・オー・イー/株主資本配当率)とは、「配当総額 ÷ 株主資本(自己資本)」で計算する指標で、「会社が積み上げてきた純資産に対して、何%を配当として株主に還元するか」を表します。配当性向が「その年の利益」を基準にするのに対し、DOEは「これまでにためてきた資本」を基準にする点が、決定的に違います。
なぜこの違いが重要なのか。利益は、その年の景気や一時要因(減損など)で大きくブレます。今期のクレハのように、減損で利益が赤字に沈むこともあります。一方で、資本(純資産)はそう急には変わりません。だから、DOEを基準にすれば、利益が一時的に落ち込んだ年でも、資本をもとに配当を安定して出せるのです。
クレハの配当方針を、公式資料の言葉でそのまま引用します。
当社は、短期的な業績変動の影響を受けずに株主還元の安定性を確保するため、2025年度より株主資本配当率(DOE)を導入しました。2025年度および2026年度において、DOE5%を目安としました。
(次期中期経営計画でも)安定的な配当を行うことを基本方針としており、2027年度以降もDOE5%を目安とした配当を計画しています。今後、想定以上の事業環境変化が生じた場合、もしくは想定以上の成長投資を実施した場合には、機動的にDOEの配当率を見直します。
ここに、すべての答えがあります。クレハは「短期的な業績変動の影響を受けずに」配当の安定を保つために、利益ではなく資本を基準にするDOEを採り入れた。だからこそ、減損で会計上の利益が一時的に赤字に沈んでも、資本を基準にしたDOE5%という方針に沿って、214円という配当を出せたわけです。実際、2026年3月期の親会社所有者帰属持分配当率は、ちょうど5.0%でした(配当金総額は約82億円)。
そして前のセクションで見たとおり、クレハは赤字でも営業キャッシュフローを+280億円確保しています。「方針として資本基準で配当を決める」ことと、「現実に配当を払う現金がある」ことの両方がそろっているからこそ、赤字下での214円という配当が成り立っている――そう理解すると、見かけの異常値もすっきり読めてきます。
来期「配当性向110.1%」をどう読むか
来期の予想配当性向110.1%についても、同じ視点で読みます。
110.1%は、来期予想配当216円を、来期予想EPS196.24円で割った数字です(216 ÷ 196.24 ≒ 110.1%)。確かに「利益基準では100%を超えている」のですが、クレハの配当の物差しはあくまでDOE(資本基準)です。会社は配当性向を目標にしているわけではなく、「DOE5%を目安に、現時点の予想株主資本をもとに算定したら216円になった」というのが実態です。短信でも「2027年3月期は、DOE5%を目安とした配当を実施いたします。1株当たり配当予想金額は、現時点における予想株主資本を前提に算定しています」と注記されています。
ですから、「配当性向110.1%だから危ない」と単純には読めません。あくまで「資本基準で決めた配当を、利益基準で逆算したらこう見える」だけの話です。一方で、これは「DOEなら何があっても配当が安泰」という意味でもありません。方針には「想定以上の事業環境変化が生じた場合……機動的にDOEの配当率を見直します」という一文が添えられています。業績の回復が大きく遅れたり、財務に想定以上の負担がかかったりすれば、この「機動的な見直し」がどう効いてくるか――それは見ておくべき論点だと、私は考えています。
自社株買いと消却も組み合わせている
クレハの株主還元は、配当だけではありません。自社株買い(自己株式の取得)と消却も積極的に行っています。
- 2026年3月期に、総額390億57百万円の自己株式を取得しました(年度合計で11,535,700株増加)。
- 同期に、自己株式5,491,000株を消却しました。
- そして重要な後発事象として、2026年5月12日の決議で、自己株式9,700,000株を2026年6月30日に消却する予定としています。消却後の発行済株式総数は40,242,221株になる見込みです。
- あわせて、「保有する自己株式の総数の上限を、発行済株式総数の5%程度とし、それを超える自己株式については原則消却する」という保有方針も示しています。
少し用語を補足すると、自社株買いは会社が市場などから自分の株を買い戻すこと、消却は買い戻した株を消してなくすことです。株式が消却されて発行済株式数が減ると、1株あたりの利益や純資産が増える方向に働くため、一般に既存株主にとってはプラスに作用します。クレハは「上限5%を超える自己株式は原則消却」と明言しているので、買い戻した株を抱え込まずに減らしていく姿勢がうかがえます。前のセクションで触れた「時価総額が消却後に約1,515億円相当へ下がる」という話も、この6月30日の消却予定が背景にあります。
ただし注意点として、後で見る新しい中期経営計画では、今後の自己株式取得は「現時点では計画なし」とされています。これまで(前中計の3年間で株主還元803億円)のような大型の自社株買いが、新中計期間にそのまま続くと決まっているわけではない――この点は配当・還元を期待する投資家としては押さえておきたいところです。
中期経営計画|「種まき・基礎固め」の3年間とは
2026年5月12日、クレハは新しい中期経営計画と長期経営計画を同時に公表しました。配当や株価の前提になる「会社がこれからどこへ向かうのか」を、ここで確認しておきます。
2つの計画の枠組み
- 長期経営計画:『2035年度長期経営計画』- Technology to Value(技術の進化を更なる価値へ)-
- 中期経営計画:『中期経営計画(2026年度〜2028年度)』- Technology to Value 2028(技術を価値へ)-
ポイントは、前の中期経営計画(2023〜2030年度『未来創造への挑戦』)が未達に終わったことを、会社自身が率直に認めている点です。前の計画は、PVDF事業がEV市場の停滞で失速し、PGA(ポリグリコール酸)の販売も計画に届かず、営業利益・ROEともに目標未達となりました。これを受けてクレハは、従来掲げていた2030年度目標を撤回し、あらためて2035年度のありたい姿を設定し直しました。
新しい中計(2026〜2028年度)を、会社は「種まき・基礎固めの期間」と位置づけています。これは、「この3年で一気に成長する」というより、「次の成長に向けた土台を作り直す3年」という意味合いです。前の計画でつまずいた反省を踏まえ、まずは収益を健全化し、ROE8%を達成できる事業体制を早期に作る――そういう、地に足のついた計画になっています。
2028年度の数値目標
中計が掲げる2028年度の主な目標を、2025年度実績と並べて見てみましょう(事実シート)。
| 指標 | 2025年度実績 | 2028年度目標 |
|---|---|---|
| コア営業利益 | 145億円 | 190億円 |
| 営業利益 | △186億円 | 190億円 |
| EBITDA | 302億円 | 330億円 |
| ROE | △5.7% | 8.0% |
| ROIC | △4.2% | 4.8% |
| 自己資本比率 | 49% | 50%程度 |
| 売上収益 | 1,617億円 | 1,850億円 |
ROE(自己資本利益率)は「純利益 ÷ 自己資本」で、株主が出したお金を使ってどれだけ効率よく利益を稼げているかを示す指標です。2025年度は赤字で△5.7%でしたが、2028年度には8.0%まで戻すことを目標にしています。コア営業利益は145億円→190億円、売上収益は1,617億円→1,850億円が目標です。
長期では、2035年度にROE12%、ROIC8%を目指すとしています。事業の柱としては、これまでの2本柱(機能製品・樹脂製品)に加えて、化学製品事業のライフサイエンス領域(農薬、農業資材、医療材料)を育てて、3つの事業ポートフォリオ体制を確立する構想です。
何で立て直すのか(注力分野)
新中計で、クレハが特に力を入れる分野を、かみくだいて整理します。
- PVDF(機能製品):EV一極だった販売を見直し、ESS(電力貯蔵システム=大型蓄電池)向けへ本格参入して用途を分散させます。会社はESS向けのバインダー需要が今後伸びる(年率16%程度の成長を予測)と見ており、「EV一本柱」から「EVとESSの二本柱」へ軸を広げる戦略です。半導体製造装置や水処理といった工業用途の拡販も狙います。
- PGA(機能製品):シェールオイル・ガスの掘削用途(フラックプラグという部材)が主戦場です。2025年度は過去最高の販売本数を記録し、売上は98億円(前期比+57%)へ伸びました。ただし会社は「PGA事業が2026年度に黒字化しない場合には、抜本的な事業構造の見直しを検討する」とも明言しており、ここは正念場の事業です。
- 樹脂製品(NEWクレラップなど):家庭用品のブランド力を強化し、キッチン消耗品5ブランド体制を育てる方針です。NEWクレラップは付加価値の向上と広告・販促の強化で販売増を目指します。前述のとおり、ここは会社の安定的な稼ぎ頭です。
- ライフサイエンス(化学製品):農業用殺菌剤カルメコナゾールやバイオスティミュラント(植物の活力剤)、癒着防止フィルムなどを育て、現状100〜150億円程度のライフサイエンス領域の売上を、2035年度に400億円レベルへ引き上げる構想です。
そして冒頭でも触れたとおり、新中計のキャッシュの使い道(2026〜2028年度合計の概算)では、配当に250億円(DOE5%とした場合)、研究開発に310億円、戦略投資枠に270億円などを充てる計画で、自己株式の取得は現時点では計画なしとされています。
整理すると、新中計は「前の計画でPVDFに頼りすぎて失速した反省から、用途と事業を分散させ、ライフサイエンスを次の柱に育てながら、まずは収益を健全化する3年間」と読めます。派手な成長物語ではなく、立て直しと種まきの計画――その地味さこそ、いまのクレハの正直な現在地なのだと思います。
投資前に押さえておきたいリスク
ここまでは「赤字の中身」や「配当の支え方」を前向きに整理してきましたが、投資判断には当然、慎重に見るべき点もあります。会社自身が開示しているものを中心に、主なリスクを挙げます。
- EV市場の停滞が長引くリスク:今回の減損の最大の要因です。車載用リチウムイオン電池向けPVDFの需要回復に想定以上の時間がかかっており、米国のEV購入補助金廃止など、市場環境は楽観できません。ESSへの用途分散がどこまで進むかが、PVDF事業の回復のカギになります。
- PGA事業の正念場:会社は「2026年度に黒字化しない場合は抜本的な事業構造見直しを検討」と明言しています。新中計の成否に関わる事業であり、ここがつまずくと計画全体に影響しかねません。
- 中東情勢・原燃料価格のリスク:クレハは原油由来の原燃料に広く依存しています。中東情勢(イラン情勢に端を発するホルムズ海峡の閉鎖リスクなど)次第では、原燃料価格の高騰や調達環境の悪化が業績に影響する可能性があると、会社が挙げています。来期のコア営業利益が減益予想なのも、この中東情勢によるコスト増が一因です。なお会社は感応度として、1ドル1円の円安で営業利益+1.2億円、原油(Brent)が1ドル/バレル上がると△0.38億円といった目安を開示しています。
- クレメジン(医薬)市場の縮小:新しい治療薬の台頭や毎年の薬価引き下げで、球形吸着炭の市場が縮小する見込みです。今回の減損25億円の要因にもなっています。
- 財務面の負担増:自社株買いやPVDF投資、借入の増加により、有利子負債は2022年度の263億円から2025年度には1,242億円へ拡大し、自己資本比率は73%から49%へ低下しました。会社は「資本効率の意図的な見直し」と説明していますが、財務の余裕は以前より薄くなっています。
- 配当方針の「見直し条項」:DOE5%目安には「想定以上の事業環境変化が生じた場合……機動的にDOEの配当率を見直します」という一文があります。業績回復が大きく遅れた場合に、この条項がどう働くかは未知数です。
- ガバナンス面:会社は前中計期間に「役員の不祥事が発生。早急に体制を強化」と自ら開示しています。
これらは「だから買ってはいけない」という話ではなく、「高い利回りの裏側にある不確実性も、フラットに見ておきましょう」という趣旨です。利回り5.74%という数字は魅力的ですが、その背景にはEV市場の停滞という構造的な逆風や、立て直しの途上にある事業がある――そのことを理解したうえで判断するのが大切だと思います。
よくある質問(FAQ)
Q1. クレハは赤字なのに、なぜ増配や高い配当ができるのですか?
A. 2026年3月期の最終赤字(△106億円)の主因は「減損損失365億円」という一時的・非現金的な会計処理で、本業の実力をあらわす「コア営業利益」はむしろ増益(100→145億円)でした。減損はその年に現金が出ていくわけではなく、営業キャッシュフローも+280億円のプラスを確保しています。加えて、クレハは配当の方針を「DOE5%目安」という資本基準に置いているため、その年の利益が赤字でも、積み上げてきた資本をもとに配当を出せる設計になっています。ただし「赤字でも無条件に配当が続く」という意味ではなく、業績回復が遅れれば会社が掲げる「機動的なDOEの見直し」が論点になりえます。
Q2. DOE(株主資本配当率)と配当性向は、何が違うのですか?
A. 分母(基準にするもの)が違います。配当性向は「その年の利益」を基準にするのに対し、DOEは「会社が積み上げてきた株主資本(純資産)」を基準にします。利益は景気や一時要因で大きくブレますが、資本はそう急には変わりません。そのため、DOEを基準にすると、利益が一時的に落ち込んだ年でも配当を安定させやすいという特徴があります。クレハは2025年度からDOE5%目安を採用しました。
Q3. 来期の予想配当性向110.1%は、危険なサインではないですか?
A. 「利益基準では100%超」なので一見そう見えますが、クレハの配当の物差しはあくまでDOE(資本基準)です。会社は配当性向を目標にしているわけではなく、「DOE5%を目安に、現時点の予想株主資本をもとに算定したら216円になった」というのが実態です。ですから110.1%という数字は「資本基準で決めた配当を、利益基準で逆算したらこう見える」だけの参考値と理解するのが適切です。一方で、これは「DOEなら絶対安泰」を意味するわけでもなく、方針に添えられた「機動的な見直し」の条項は意識しておくとよいでしょう。
Q4. PVDFやPGAなど、聞き慣れない素材が出てきます。クレハの本業は安定しているのですか?
A. クレハの事業は「安定する部分」と「振れやすい部分」が同居しています。NEWクレラップや釣糸シーガーなどの樹脂製品事業は、生活必需品が中心で景気に左右されにくく、安定した稼ぎ頭です(2026年3月期も営業損益69億円)。一方、PVDF(EV電池材料)やPGA(シェール掘削用途)といった機能製品は、特定の市場の動向に業績が大きく左右されます。今回の減損は、この「振れやすい部分」のPVDFで起きたものです。会社は新中計で、PVDFの用途分散やライフサイエンスの育成によって、この振れやすさを和らげようとしています。
Q5. PBR0.87倍・PER19.2倍という株価は、割安ですか?割高ですか?
A. 本記事は「割安だから買い」「割高だから売り」と断定する趣旨ではありません。事実として、PBRは0.87倍と1倍を割れており(株価が純資産を下回る評価)、PERは19.2倍ですが、これは来期の黒字転換を見込んだ予想ベースの数字です。PBR1倍割れは「市場が将来の稼ぐ力にまだ慎重」というサインでもあります。クレハの場合、減損を出しきって身軽になった一方で、本業の回復(PVDF・PGAの立て直し、ROE8%への回復)はこれから――その「立て直しの途上」をどう評価するかで、割安・割高の見え方は変わってきます。判断材料はそろえたうえで、最終的なご判断はご自身で、とお願いしたいところです。
まとめ|「赤字の見出し」の奥にある中身を読む会社
クレハ(4023)を1本で深掘りしてきました。最後に、要点を整理します。
- どんな会社か:NEWクレラップや釣糸シーガーといった身近な日用品(樹脂製品事業)と、EV電池材料のPVDFやシェール掘削用途のPGAといった先端素材(機能製品事業)の、両方を手がける化学メーカー。日用品の安定と、先端素材の振れやすさが同居している。
- 赤字の正体:2026年3月期は最終損益△106億円の赤字。しかし主因は減損365億円(PVDF設備340億円+クレメジン設備25億円)という一時的・非現金的な会計処理で、本業のコア営業利益はむしろ100→145億円へ増益。営業キャッシュフローも+280億円を確保している。「赤字=本業の悪化」ではない。
- 配当の支え方:2025年度から「DOE5%目安」という資本基準の配当方針を導入。だから減損で会計赤字でも、資本をもとに214円を出せた。来期予想216円・予想配当性向110.1%も、「利益基準で逆算したらこう見える」だけで、物差しはあくまでDOE。自社株買い・消却も組み合わせている(ただし新中計では今後の自社株取得は現時点で計画なし)。
- 新中計「Technology to Value 2028」:前の計画がPVDFの失速で未達に終わり、2030年度目標を撤回。新計画は「種まき・基礎固めの3年」と位置づけ、2028年度にコア営業利益190億円・ROE8.0%・売上収益1,850億円を目指す。PVDFの用途分散とライフサイエンスの育成が立て直しのカギ。
- 株価の読み方:2026年6月12日終値で株価3,765円、PBR0.87倍、PER19.2倍(来期黒字転換ベース)、利回り5.74%、時価総額1,880億円(6/30の自己株消却後は約1,515億円相当に低下する見込み)。
クレハは、「最終赤字」という見出しだけで判断すると、実像を読み違えやすい会社です。赤字の正体は非現金の減損であり、本業の地力はむしろ改善していた。配当は利益ではなく資本(DOE5%)を基準にしているから、赤字下でも維持できた――ここまで読み解いて、初めて利回り5.74%という数字の意味がつかめます。
一方で、楽観だけもできません。減損の奥には「EV市場の停滞」という構造的な逆風があり、PGA事業は黒字化の正念場にあり、財務の余裕も以前より薄くなっています。立て直しの計画は地に足がついていますが、成果が出るのはこれから。高い利回りの魅力と、立て直しの途上という不確実性の、両方をフラットに見ておく――それが、いまのクレハと向き合う基本姿勢だと、私は考えています。
私自身、クレハは引き続きウォッチしていきます。新中計の進捗(特にPVDFの用途分散とPGAの黒字化)や、四半期ごとのコア営業利益・営業キャッシュフローの動きを、決算が出るたびにこのブログで点検していくつもりです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
▼関連記事:スクリーニングで残った高利回り3銘柄(ソニーFG・UBE・クレハ)の比較はこちら
https://kabu.tagu-blog.com/screening-high-yield-3stocks-sonyfg-ube-kureha-2026-06/
※本記事は2026年6月12日終値、およびクレハの公式IR資料(2026年5月12日公表の決算短信〔IFRS・連結〕・決算説明会資料・中期経営計画/2035年度長期経営計画)に基づいて作成した個人の整理です。株価・PER・PBR・予想配当利回り・時価総額は2026年6月12日終値時点(証券サイト値)。決算は2026年3月期・IFRS連結で、最終損益は減損損失365億円を主因とする赤字です。「コア営業利益」「DOE」「減損」などの読み方・整理、および予想配当性向110.1%の読み解きは私(タグ)個人の見方であり、会社の見解や将来の保証ではありません。記載の数値・見通しは将来を保証するものではなく、特定銘柄の売買を推奨するものでもありません。投資の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。